今日、後輩が印象的なことを言っていました。
誘われる人っていうのはどういう人か。
"誘"という漢字は部首が言(ごんべん)、旁(つくり)が秀(しゅう)。
秀の意味は「他よりぬきんでてすぐれている。ひいでているもの。」
つまり、誘われる人っていうのは、
なにかが他の人より秀でているから言われる(誘われる)
とのこと。
なかなか面白い話だなぁと自分は思いました。
後輩は、「自分も誘われる人間になりたい。誘われる人間になるために、参加率(誘われた回数に対して何回参加できるか)を上げる努力をしています。」と言っていました。
若い世代においては周囲との関わりを嫌がる人が増えていると言われるなかで、その前向きな考え方と姿勢には感心です。
自分に置き換えてみると、私の場合、大変恵まれたことに誘われることがとても多かったと感じています。
飲み会もそうですが、会社で新しい取り組みを始める際には必ず声をかけてもらいました。
大変なことも多々ありました・・・
が、おかげで、色々なことが身につきました。
社内外問わず、色々な方との出会いがありました。
単にエリアで見ても、九州の方、四国の方、近畿の方、北海道の方。海外で活躍している方々との交流もありました。
アメリカのシリコンバレーに行く機会もありました。
そのような機会に恵まれたのも、声をかけてもらったおかげです。
上記に当てはめると、自分はなにが秀でていたんだろう?
能力ではない。人格でもない。才能でもない。
自分を客観視することは難しいですが、"姿勢"かなぁと思います。
20代は、断ることをしませんでした。
大変なことも、理不尽なことも、内心は嫌だなぁと思うことも、必ず
「ハイ喜んで!」
と引き受けるようにしていました。
(最近はその姿勢が薄れて反省していますが・・・)
経験の乏しいうちは、謙虚な姿勢でチャレンジングに何事にも取り組むことが重要と私は考えています。
経験が未熟な若いうちは、一部の特別な人を除いて、会社に貢献できていない人がほとんどです。
少なくとも私自身は、会社に対してなにも貢献できていませんでした。
なにか結果を残すことができたとしても、それは、過去の諸先輩方が築き上げてきたノウハウなり看板なり経験なり、なにかしらの助けを得て達成することができたわけで、自分一人の力だけで成し得たものではありません。
自分の力が及ばないのであれば、せめて、お願いされたことは何でも引き受けよう
という姿勢のもとで仕事・生活をしてきました。
結果として、それが今の自分の財産になりました。
誘われるのはなにかが秀でているからだ
という前向きな考えのもとで取り組むと、将来も前向きな方向に進んでいくと思います。
起業に向け一言
仕事でもプライベートでも、誘われる人になりたい!